もともと日本には各地にたくさんの方言があって、そのうち東京の方言が歴史的な事情で標準語に選ばれただけです。ですから、標準語がくずれて方言になったわけではありません。方言研究の入門書で見かけた文章を引用してみます。
方言は標準語のくずれたものではありません。方言には方言のルールがあります。標準語の枠をはずしてみてください。そのとききっと、新しいことばの世界が見えてくると思います。‥‥井上史雄・木部暢子(2016)『はじめて学ぶ方言学』ミネルヴァ書房(奥付ページ、木部暢子先生のコメント)より
ためしに、標準語のほうが方言より「くずれている」例を挙げてみましょう。下に挙げるのは標準語の「折れる」「入れる」「くれる」の活用です。
| 否定 | 過去 | 仮定 | 命令 |
折れる | 折れない | 折れた | 折れれば | 折れろ |
入れる | 入れない | 入れた | 入れれば | 入れろ |
くれる | くれない | くれた | くれれば | くれ |
「〜れる」で終わる動詞の命令形は「折れろ」「入れろ」「暴れろ」「忘れろ」のように規則的に「〜れろ」になりますが、「くれる」の命令形だけ「くれ」というくずれた形になっています。本来なら「くれろ」と言うべきです。
「くれろ 方言」で検索してみると、東北や中部地方、九州の方言では「くれろ」という命令形が実際に使われているのがわかります。「もうやめてくれろ」なんて言うと田舎くさく感じられますが、むしろこれが規則どおりの言い方で、実は標準語の「やめてくれ」のほうがくずれているのです。
つまり、どんなことばにも「くずれた」部分があって、標準語だけが完璧!‥‥というわけでは、まったくないのです。世間的に「標準語」とされることばが、言語学的にも「標準」ということではありません。
研究上、「方言」とは「その地域で話されることば」を指す概念であり、「標準語と異なることば」を差すわけではありません。標準語と似ていても、その地域で話されることばは方言です。首都圏の話しことばを「首都圏方言」といいます。「首都圏方言」で検索してみると、いろいろな情報が見つかるでしょう。
国立国語研究所の調査をまとめた、下のようなサイトもあります。例えば、「列に割り込むこと」を「横入り」というのは神奈川県、「ズル込み」というのは埼玉県に多く見られます。埼玉県人がよく行く上野・池袋エリアと、神奈川県人がよく行く新宿・渋谷エリアの間に方言の境界(?)があるかもしれません。
【首都圏の言語の実態と動向に関する研究】
http://pj.ninjal.ac.jp/shutoken/