私の受け持った以下の授業で、受講生のみなさんを対象にアンケート調査をおこないました。以下、調査の報告をまとめますのでご覧ください。
■ 2013年度
■ 2014年度〜2016年度
各方言の推量形式について調査しました。推量形式とは、標準語の「だろう」に相当する形式で、おおよそ次の3つの用法を持ちます。
【推量用法】 | 自分自身の推測したことを言う用法 例)朝起きて空を見て「今日は一日中天気がいいだろうな」 |
【疑い用法】 | 自分自身の疑いや迷いを言う用法 例)食堂でメニューを見ながら「何がいいだろう」 |
【確認用法】 | 自分の認識を相手にも確認させる用法 例)新しく買った服を友達に自慢して「この服いいだろう」 |
全国各地で方言の標準語化が進んでいますが、推量形式については、若年層でもかなり方言形が残っているように思われます。先行研究や私の身の回りの情報をもとにすると・・・・
ベ(東北・関東) | 例)この服いいべ |
ダンベ(群馬県) | 例)この服いいだんべ |
ロ(新潟県) | 例)この服いいろ |
ラ(静岡県周辺) | 例)この服いいら |
ダラ(愛知県東部周辺) | 例)この服いいだら |
ヤロ(西日本広域) | 例)この服いいやろ |
ヨカロ(各地点在) | 例)この服よかろ |
・・・・のような各形式が各地に分布しています。また、地域に関わらず、次のような形式も使われます。
デショ | 例)この服いいでしょ |
ッショ | 例)この服いいっしょ |
しかし、これらの推量形式、上に挙げた3つの用法ごとに使用状況が異なるように思われます。これまでの研究では、単に地域的な分布を調べることが多く、用法ごとの違いについては考慮されていませんでした。また、方言調査ではお年寄りを対象にすることが多く、若い人がどれだけ方言を使っているか、わからない部分があります。そこで、受講生のみなさんを対象に‥‥
◆ どの推量形式が
◆ どの地域で
◆ どの用法で
・・・・使われているのか、アンケートで調べてみることにしました。
そのほか、おまけとして、授業内に質問のあった
・「半分ずっこ」「半分こっつ」という表現はどの地域で使うか
・「半袖」のアクセントで「ハ」を高く発音するのはどの地域か
という項目についても調べました(2013年度のみ)。
各授業で、次のようなマークシート式のアンケート用紙を配布し、各推量形式について・・・・ 以下、調査結果として言語地図を掲載します。下の表に青字で示された各形式の表記をクリックすると、別タブで画面が開きます。地図上では
(1) | 自分で言う |
(2) | 自分は言わないが友達が言うのを聞く |
(3) | 聞いたことがない |
(4) | わからない |
の各選択肢について、(1)を「言う」として赤色で、(2)を「聞く」として黄色で、(3)を「聞かない」として灰色で示しています、(4)およびマークのなかった回答はまとめて「無回答」として白色で示しています。また、地図は、全回答の結果を全国地図で示したものと、回答者の多い甲信越・関東・北陸地区を拡大したものの2つを並べてお見せします。
下の表では、使用者の相対的に多い用法を◎、○、△で示し、使用者のほとんどいない用法は×で示しています(白岩の主観による目安で◎、○、△、×の記号をつけました)。
上では、各形式ごとに言語地図を作りましたが、ここからそれを総括して分析します。以下では、ここまであつかった各形式のうち、全国的に使われるダロ、デショ、ッショの3形式を「標準語形」、それ以外をまとめて「方言形」と呼びます。そのうえで、各地の「方言形」の推量形式がどのように使われているか分析します。
さて、アンケートで各形式について「(1)自分が言う」と答えた人を、その形式を「使う人」とします。たくさんある推量形式のうち、方言形のみを使う人もいれば、標準語形のみを使う人もいますし、方言形と標準語形の両方を併用する人もいます。また、ごく少数ですが、どの形式についても「自分が言う」とは答えなかった人もいます。そのような各回答を
(1) | 方言形・標準語形併用 |
(2) | 方言形のみ使用 |
(3) | 標準語形のみ使用 |
(4) | どちらも不使用(ごく少数) |
と分類して、各用法ごとに地図化しました。
【確認用法】 | 新しく買った服を友達に自慢して「この服いいだろう」 |
【推量用法】 | 朝起きて空を見て「今日は一日中天気がいいだろうな」 |
【疑い用法】 | 食堂でメニューを見ながら「何がいいだろう」 |
方言形・標準語形の両方を併用する人が全国的に分布しますが、東日本には標準語形のみを使う人、西日本には方言形のみを使う人も多いようです。用法によっても、少し地図の色合いが違います。以下、具体的な数字を集計します。なお、以下の集計では、郵便番号が未記入だった108人のうち、都道府県名や市町村名など大雑把な住所を書いてくれた46人分のデータを追加してカウントしています。
東京都と長野県の南信以外の地域(北信・東信・中信)では、どの用法でも「標準語形のみ使用」という人が多く、方言形を使用する人の割合はとても低いです。長野県でも古い方言形として「ら」が使われていたはずなのですが、現在の若年層は、方言形を使わなくなったのだということでしょう。
【東京都】 | 確認用法 | 推量用法 | 疑い用法 |
方言形のみ使用 | 0人 | 0人 | 0人 |
方言形・標準語形の併用 | 3人 | 3人 | 3人 |
標準語形のみ使用 | 12人 | 11人 | 12人 |
どちらも不使用 | 0人 | 1人 | 0人 |
【長野県(南信以外)】 | 確認用法 | 推量用法 | 疑い用法 |
方言形のみ使用 | 0人 | 0人 | 0人 |
方言形・標準語形の併用 | 7人 | 5人 | 4人 |
標準語形のみ使用 | 53人 | 47人 | 52人 |
どちらも不使用 | 1人 | 9人 | 5人 |
山梨県・長野県南信(長野県南部)・静岡県・愛知県三河(愛知県東部)をまとめて「中部地方南部」としました。この地域では、東京都・長野県(南信以外)と同じく、ほとんど標準語形しか使われませんが、確認用法でだけ方言形(「ら」「だら」など)も使われます。推量用法や疑い用法では「標準語形のみ使用」という人が多いです。
【中部地方南部】 | 確認用法 | 推量用法 | 疑い用法 |
方言形のみ使用 | 4人 | 5人 | 3人 |
方言形・標準語形の併用 | 34人 | 5人 | 10人 |
標準語形のみ使用 | 3人 | 24人 | 24人 |
どちらも不使用 | 0人 | 7人 | 4人 |
関東地方(東京都以外)と新潟県では、「標準語形のみ使用」と「方言形・標準語形の併用」の人が多いです。「方言形のみ使用」という人はほとんどいません。つまり、基本的にみんな標準語形を使いつつ、人によっては方言形も併用する地域です。方言形としては、主に関東では「べ」、新潟県では「ろ」が使われています。
用法ごとに見ると、中部地方南部ほどの偏りはありませんが、確認用法で方言形も併用する人の割合が多くなります。
【関東(東京都以外)】 | 確認用法 | 推量用法 | 疑い用法 |
方言形のみ使用 | 0人 | 1人 | 0人 |
方言形・標準語形の併用 | 52人 | 29人 | 33人 |
標準語形のみ使用 | 39人 | 52人 | 57人 |
どちらも不使用 | 1人 | 10人 | 2人 |
【新潟県】 | 確認用法 | 推量用法 | 疑い用法 |
方言形のみ使用 | 1人 | 5人 | 7人 |
方言形・標準語形の併用 | 87人 | 49人 | 63人 |
標準語形のみ使用 | 43人 | 57人 | 53人 |
どちらも不使用 | 1人 | 21人 | 9人 |
東北地方と岐阜県・愛知県尾張(愛知県西部)では、用法に関わらず「方言形・標準語形の併用」の人が多いです。方言形としては、主に東北では「べ」、岐阜県・愛知県尾張では「やろ」が使われています。ただし、人数がやや少なめなので、もう少しデータを増やしたいところです。
【東北】 | 確認用法 | 推量用法 | 疑い用法 |
方言形のみ使用 | 3人 | 4人 | 5人 |
方言形・標準語形の併用 | 22人 | 17人 | 17人 |
標準語形のみ使用 | 5人 | 7人 | 8人 |
どちらも不使用 | 0人 | 2人 | 0人 |
【岐阜県・愛知県尾張】 | 確認用法 | 推量用法 | 疑い用法 |
方言形のみ使用 | 2人 | 5人 | 2人 |
方言形・標準語形の併用 | 13人 | 8人 | 12人 |
標準語形のみ使用 | 4人 | 4人 | 5人 |
どちらも不使用 | 0人 | 2人 | 0人 |
北陸・近畿地方では、「方言形のみ使用」と「方言形・標準語形の併用」の人が多いです。「標準語形のみ使用」という人はほとんどいません。つまり、基本的にみんな方言形を使いつつ、人によっては標準語形も併用する地域といえます。上で挙げた「関東(東京以外)・新潟県」とは逆に、方言のほうが基本で、標準語形がオプションになる地域です。方言形としては、北陸地方・近畿地方ともに「やろ」が使われます。
【北陸】 | 確認用法 | 推量用法 | 疑い用法 |
方言形のみ使用 | 35人 | 48人 | 47人 |
方言形・標準語形の併用 | 52人 | 27人 | 35人 |
標準語形のみ使用 | 2人 | 8人 | 5人 |
どちらも不使用 | 1人 | 7人 | 3人 |
【近畿】 | 確認用法 | 推量用法 | 疑い用法 |
方言形のみ使用 | 13人 | 10人 | 13人 |
方言形・標準語形の併用 | 2人 | 4人 | 2人 |
標準語形のみ使用 | 0人 | 0人 | 0人 |
どちらも不使用 | 0人 | 1人 | 0人 |
北海道、中国地方、四国地方、九州地方、沖縄県出身の回答者は、少ししかいませんでした。方言区画上、これらの地域も特徴的な傾向を示しそうな気がするのですが、回答が少ないので分析することができません。北海道方言には「いいべ」「いいしょ」のように「べ」「しょ」、中国・四国・九州地方には「いいやろ」「いいじゃろ」のように「やろ」「じゃろ」、沖縄方言には「いいはず」「雨だはず」(=雨だろう)のように「はず」という特徴的な推量形式があるのですが、今回の調査では分析の射程に入れることができませんでした。
細かな集計や分析は以上なので、ここでは簡単なまとめをおこないます。「分析」で示したとおり、東京都および長野県では、あまり方言形が使用されていませんが、それ以外の地域では割と若い人にも方言形が使われているようです。しかし、その使用の様相は地域によって少し違っています。
おおむね東日本のエリアでは、標準語形の使用が基本にあって、地域によって、人によって、用法によって、オプショナルな要素として方言形も使われる状況です。
一方、西日本のエリア(といっても北陸・近畿だけですが)では、基本的にみんなが方言形を使っていて、人によっては標準語形も使用するというパターンが多いようです。つまり、方言形の使用が基本にあって、オプショナルな要素として標準語形も使われる状況です。
このように、標準語形と方言形、どちらが基本にあるかという点で、現代若年層方言の東西差が特徴づけられるように考えられます。
また、用法ごとに見ると、方言形をオプショナルに使う東日本エリアでは、特に確認用法で方言形の使用が多くなります。ほかの用法はわりと独り言的な用法ですが、確認用法は「確認させる」という形で相手に積極的に関わっていく用法です。だから、対話のなかで相手との親しさをアピールするために、くだけた表現として方言形が利用されているのかもしれません。
2013年度限定で「おまけ」としておこなった以下の項目についても、結果を示します。どうぞご覧ください。