自分の考えをまとめるとき、他の人の考えを参考にするのは必要不可欠なことです。自分が興味を持って調べていることは、たいがい他の人もすでに調べています。ですから、そういった先行研究を参考にして、すでにわかっていることにはどんなことがあるか、整理して把握する必要があります。そのうえで「自分の手で調べないとわからないこと」を見極めます。それが「自分らしい研究」をはじめるための第一歩です。
そもそも、他の人の考えを聞かずに自分の考えだけを主張しても、独り言のようで説得力がありません。研究は対話です。他の人の考えを引用しながら自分の論を進めるというのは、紙の上でその人と対話をするということです。良質な先行研究と充実した対話をしてください。説得力ある文章が書けるはずです。
ときどき「卒論なんて書いても社会で役に立たない」と言う人がいます。そんな人は、大学で学ぶ意義を根本から誤解しています。「他者の意見を検討したうえで、自分の意見を筋道立てて説明する」という能力は、生まれてから死ぬまで、常に必要とされるコミュニケーションの力です。この力をみがくのが大学での学びであり、集大成が卒論です。ぜひ「自分らしい研究」を作り上げましょう。
引用とは他者との対話ですから、その人に失礼のないよう、ルールをわきまえる必要があります。まず大事なのは出典を明示することです。下の例のように、出典を明示せずに論を進めてはいけません。
日本語の終助詞「よ」は「相手に情報を伝えるときに使う」と言われるが、いつもそうとは限らない。たしかに「今日は休みだよ。」と言うときの「よ」は相手に「今日は休みだ」という情報を伝えている。しかし、「7時に起こしてよ。」の「よ」は依頼の態度を表しているのであって、何かの情報を伝えているわけではない。依頼文の「よ」について、辞書には「相手にその実現を強く求める意を表す。」と書いてある。ただし、具体的にどのくらい強く求めるとき「よ」を使うのかはわからない。そこで、この論文では依頼文の「よ」の意味を分析することにした。
「と言われる」とだけ書くのではなく、その出典を挙げましょう。例えば、大崎さんという人が2010年に書いた本が出典の場合は「大崎(2010)」と書きます。国語辞書の場合、著者が判然としないので、『広辞苑』のように書名を『 』でくくって書きます。
大崎(2010)は「今日は休みだよ。」という例文を挙げて、日本語の終助詞「よ」は「相手に情報を伝えるときに使う」と述べている。しかし、「よ」がいつも情報を伝えるものとは限らない。例えば、「7時に起こしてよ。」の「よ」は依頼の態度を表しているのであって、何かの情報を伝えているわけではない。依頼文の「よ」について、『広辞苑』には「相手にその実現を強く求める意を表す。」と書いてある。ただし、具体的にどのくらい強く求めるとき「よ」を使うのかはわからない。そこで、この論文では依頼文の「よ」の意味を分析することにした。
このように出典を明示すると、大崎さんや広辞苑編集部の人たちは「私(たち)の書いた本を読んでくれたんだな」と喜ぶでしょう。一般の読者も「もっと深く知りたければ、大崎さんの本を読めばいいんだな」とわかり、さらに深く追求することができます。
逆に、出典を明示しない引用は、他者の論を勝手に盗んだもの、つまりアイデアの盗用と見なされます。自分の論が盗用されていたら、大崎さんも悲しむでしょう。
以上が引用の大原則です。細かなルールについて、以下に記します。
出典は、上のように「大崎(2010)は〜」と書いてもよいですが、文末の補足情報としてカッコ書きする方法もあります。このときは「大崎(2010)」ではなく、著者名もカッコの中に入れて「(大崎2010)」と書きます。
日本語の終助詞「よ」は「相手に情報を伝えるときに使う」と言われる(大崎2010)。
長い本の場合には、引用箇所のページ数も示したほうが読者に親切です。例えば、大崎さんの本の26ページから引用する場合は「大崎(2010:26)」のように、刊行年の後にコロンで区切ってページ数を示します。複数のページにまたがる場合、「大崎(2010:26-28)」のように、そのページの範囲をハイフンで示します。
大崎(2010:26)は、「今日は休みだよ。」という例文を挙げて‥‥
日本語の終助詞「よ」は‥‥と言われる(大崎2010:26-28)。
出典元の文章を一字一句変えずに、そのまま引用する場合は、その文章全体をカギカッコでくくります。
大崎(2010)は「終助詞ヨは相手に情報を伝えるときに使うものであって」と述べている。
「終助詞ヨは相手に情報を伝えるときに使うものであって」(大崎2010:26)という説もあるが、‥‥
ここまで、短い一文として大崎さんの本を引用しましたが、段落単位で、あるいは、数ページにわたって大崎さんの論を引用したい場合もあります。その場合には、その部分全体が引用であることがわかるように気をつけて書きましょう。「ここからは大崎さんの論」「ここからは自分=筆者の論」ということを段落の冒頭などで明言するとよいです。
大崎(2010)は、日本語の終助詞「よ」について次のように述べている。例えば、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
つまり、大崎(2010)は、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
しかし、筆者は、大崎(2010)の論では説明できない例があると考える。なぜなら、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
出典元の文章を一字一句変えずに引用する場合、カギカッコでくくることを上で紹介しました。しかし、それが長い文章の場合、カギカッコでなく、改行と字下げで字句どおりの引用であることを示します。
大崎(2010)は、日本語の終助詞「よ」について次のように述べている。
日本語には数多くの終助詞がありますが、そのなかでもヨは頻繁に使われる終助詞です。終助詞ヨは相手に情報を伝えるときに使うものであって、相手との共感を示すネとは異なる意味を持ちます。例えば、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。(大崎2010:26-27)
しかし、筆者は大崎(2010)の論では説明できない例があると考える。例えば、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ここまで、論文の本文で大崎さんの本を引用しましたが、「大崎(2010)」と書くだけでは、大崎さんの下の名前や本のタイトルがわからないので、書誌情報を論文の末尾に一覧として示します。書式は次のとおりです。本や雑誌など、それ自体が1冊の冊子になっているものは『 』で示します。本や雑誌の中の単行論文は「 」で示します。
●●●本を引用する場合
●●●
著者名(刊行年)『本のタイトル』出版社
●●●本の中の単行論文を引用する場合
●●●
論文の著者名(刊行年)「論文タイトル」本の編者名『本のタイトル』出版社
●●●雑誌の中の単行論文を引用する場合
●●●
論文の著者名(刊行年)「論文タイトル」『雑誌タイトル』巻号、出版機関
具体的には次のようになります。
【参考文献】
大崎太郎(2010)『日本語の終助詞とその用法について』まるまる出版
大崎のん子(2005a)「終助詞ヨと話し手の属性」戸越銀次郎編『理論と実用の言語学』さんかく書院
大崎のん子(2005b)「自然談話における終助詞使用の分析 ―大学生の会話コーパスから―」『人文学部論叢』12、品川大学人文学部
戸越銀次郎(1996)「文末表現の承接順序」『日本語学研究』7(3)、ぺけぺけ書房
戸越銀次郎(1997)「文末表現の承接順序・再考」『日本語学研究』8(1)、ぺけぺけ書房
【辞書】
『広辞苑(第6版)』(2008)岩波書店
『日本国語大辞典(第2版)』(2001)小学館
文献の並べ方は著者名の五十音順で、同じ著者の文献が複数ある場合は刊行年順です。同じ人が同じ年に書いた文献を複数挙げるときは、戸越銀次郎の例のように、刊行年の後にa、b、c、‥‥をつけて区別します(a、b、cのつけかたはランダムでよいです)。雑誌の巻号は数字で示します。12号なら『雑誌タイトル』の後に「12」、7巻3号なら「7(3)」と書きます。
国語辞書は他の参考文献とは別に挙げてください。辞書の挙げ方は人によって違いますが、ここでは雑誌『日本語文法』の例にならいました。
webサイトはなるべく引用しないでください。webサイトの文章は、あとから書き換えたり削除したりできるからです。
web上の情報も、多くは本や新聞に書かれたことが情報源(ソース)になっています。wikipediaの記事にも「参考文献」として関連の本が示されています。元ネタの本を読んで、本を引用してください。本の文章は書き換えも削除もできませんから、安心して引用できます。
ただ、web上にしかない情報というのも、場合によってはあります。例えば、web上で不特定多数の人にアンケートをとって、その結果をまとめたサイトなどがあります。私のサイトにも、いくつか方言地図があります。有意義な情報であれば、web上のサイトを活用するのも手でしょう。
webサイトの引用に決まったルールはありませんが、だいたい次のように書くとよいと思います。
まず、本文ではwebサイトのタイトルを書きます。webサイトの記事は著者や発表年が不明なことが多いので「大崎(2010)」という書き方はしません。そのサイトがどんなサイトなのか説明しつつ、サイトのタイトルだけ書きます。
web上のアンケート調査結果をまとめたサイト「がんちゃんの日本語の乱れ探偵団」によると、若者語の「パねえ」は‥‥
また、日本語学研究者である白岩広行氏(立正大学)の個人サイト「web白岩」では、次のような方言地図が‥‥
そして、論文末尾の参考文献一覧では、通常の参考文献とは別に【参考webサイト】として、サイトのタイトルと、自分が閲覧した年月日、URLを挙げます。閲覧日を示すのは、webサイトの文章に変更や削除がありえるからです。「自分が閲覧した○年○月○日には確かにこんな内容だった」ということを主張するのです。
【参考webサイト】
「がんちゃんの日本語の乱れ探偵団」(2017年9月20日閲覧)
http://ganchan.com/midare.html
「web白岩」(2017年9月22日閲覧)
http://shiraiwa.sakura.ne.jp/index.html
日本語学の研究では、先行研究としてではなく、用例の出典として本を使うことがあります。例えば、「やばい」という語の意味について調べる場合、小説などに見られる「やばい」の用例を示す必要があります。用例の出典の示し方に明確なルールはありませんが、だいたい次のように書くとよいでしょう。
論文の本文では本や新聞のタイトルを『 』で括って示します。用例は(1)(2)‥‥という用例番号をつけて箇条書きにし、末尾に出典をカッコ書きします。新聞の場合は刊行日、雑誌の場合は号を書きましょう。webサイトの用例は、webサイトのタイトルを「 」で括って示し、URLと閲覧日を書きます。
このような意味の「やばい」の例は、宮本輝『睡蓮の長いまどろみ』や赤川次郎『神隠し三人娘』など、1940年代生まれの作家の小説の会話文にも見られる。また、新聞や雑誌、「Yahoo! 知恵袋」などのwebサイトにも見られる。
(1)「俺には異常者を挑発して、一戦を交える気はないよ。そんなやばいことはごめんだな」(『睡蓮の長いまどろみ』)
(2)「おい、やばいぜ。朝までこうやってるのか?」(『神隠し三人娘』)
(3)「やばい!」という参加者の悲鳴が上がった。(『毎朝新聞』2002年8月26日)
(4)「見つかったらやばいんだよね。」(『週刊新潮』2005年2月24日号)
(5)やばいです。顔にできるニキビにものすごく腹が立ちます。(「Yahoo! 知恵袋」http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/44KE44Gw44GE、2017年9月22日閲覧)
会話文の用例は、地の文と区別するため「 」でくくります。論点となる「やばい」を含む文節に
下線を引きましょう。
論文末尾では、用例の出典として使った資料を【資料】として一覧にします。《小説》《新聞》など、ジャンルごとに分けたほうがよいです。資料の並び順は、著者名やタイトルの五十音順にします。参考文献と違って、資料ごとに改行する必要はありません。新聞や雑誌、webサイトは、本文に号数やURLが挙がっていれば、一覧にはタイトルだけ挙げればよいです。
【資料】
《小説》
赤川次郎(2005)『神隠し三人娘』集英社、浅田次郎(1999)『地下鉄に乗って』講談社、香川照之(2002)『中国魅録』キネマ旬報社、宮本輝(2003)『睡蓮の長いまどろみ』文藝春秋
《新聞》
『朝日新聞』、『産経新聞』、『毎日新聞』、『毎朝新聞』、『読売新聞』
《雑誌》
『週刊新潮』、『週刊文春』、『Tokyo Walker』、『non-no』、『歴史群像』
《webサイト》
「ちゆ12歳」、「鳥取の社長日記」、「まちBBS東京23区掲示板」、「Yahoo!知恵袋」